トランプ ブログ 〜Make America Great Again〜

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恐山に行った感想

よく

「人生は出会いの連続である」と言われる.

それは,人間に対してしばしば用いられる言葉であるが,

場所もまた然り,と恐山を訪れて特に思った.

 

 

日曜日,恐山に滞在したのはわずか二時間ほどであったが

不特定多数が集まる場所には,実に多様な人々が集まる

食堂で家族を待つ女の子

半袖半ズボンで楽し気に風景を写真に収める外国人たち

うつむきがちに山内を周る母娘

車いすの老婆を押しながら参拝する男性

 

もう少し掘り下げると

風車(恐山での献花の代わり)を懸命に供えたり

個人の名を書いた手ぬぐいを柵にくくったり

水子地蔵の前でじっと拝む人

極楽浜でたたずむ人

イタコ小屋で泣きながらイタコの話を聞く客と

じっと涙を堪える順番待ち

そして,私

 

 

共通するのは

肉親の菩提を弔い,故人の面影をしのぶということ

東北地方では

「人が死ねばお山(恐山)に行く」

という信仰がある

宗教・信仰には疎い方だが,日曜日はそれを実感した

 

 

 

 

本当に行って良かったと思う

なぜか?

人々のその姿にドラマをみたからだ

 

普段,東京の満員電車や

震災における報道での「~人(多数)が亡くなりました」では

体験できない,まぎれもないドラマが

人生がそこにはあった

恐山という「場所」がそれを感じさせてくれた

 

 

 

 

受付で頂いたパンフレットには,こう記されている

「時代がいかに移り変わろうと,人々の決して尽きる事のない

安らかな生と死への願いがある限り

霊場恐山は彼らの思いと共に信仰の光を灯し続けるのです」

 

 

今度は,家族を連れていきたい

 

trump